大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1690号 判決

被告人 六角文男

〔抄 録〕

所論は、原判決は、弁護人の主張に対する判断として、「被告人の判示所為が緊急避難の要件を備えているとは認められない」と判示しているが、これは事実を誤認するか、法令の適用を誤まつた違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免がれないと信ずる。すなわち、被告人が進行した本件道路は車道九メートル歩道三メートルの幅員であり、本件当日は、午前六時三・五ミリ、七時〇・五ミリ、八時一・五ミリの降雨量があつたことが明らかであるから(気象庁作成の鑑定書)、約二時間の間に約五・五ミリというかなりの降雨があつたことになり、本件事故現場の道路はアスフアルト舗装のため右降雨によつて路面が濡れて滑走しやすい状態であつた。そして、本件事故当時対向車は間断なく続いており被告人は本件横断歩道手前で相当数の対向車とすれ違い、ことに本件事故直前に幌つき小型四輪車とすれ違つているのである(第二回公判廷における被告人の供述)。また、被告人は実況見分調書添付図面、現場見取図<3>の地点に至つたとき左側歩道上を傘をさした三人の人が歩いているのを現認している(右同供述)。さらに、被告人車輛は、大型貨物自動車、所謂大型ダンプカーであり、車体の長さは全長八メートル、幅は二・四メートルであり(右同供述および被告人の司法警察員に対する八月六日付供述調書)、被告人は時速約四〇キロメートルないし四五キロメートルで走行していたのである。従つて、前記対向車の走行状態、歩道上の歩行者の存在、被告人車輛の大きさ、本件道路状況を考慮したときは、若し、被告人が急ブレーキをかけたりしたならば、被告人車輛は滑走して横転、横向き又は歩道に乗りあげ、或いは対向車線内に乗り入れたりすることは、経験則上明らかな事実であり、被告人は、急ブレーキをかけることにより発生するであろう、左側歩道上の三名の歩行者の生命身体に対する損傷、対向車との衝突という、本件事故に比して、より大なる現在の危難(現在の危難とは、法益に対する被害が現実に生じている場合に限らず、法益に対する被害のおそれが間近に切迫している場合をも含むことは最判裁判例も認めているところである。)を避けるために、被告人が急ブレーキをかけなかつたのはやむことを得ざるに出た行為であつて、本件は緊急避難行為であるというのである。

しかしながら、行為者が自己の故意又は過失により自ら招いた危難を回避するための行為は、緊急避難行為には当らないと解すべきところ、本件についてみるに、原判決挙示にかかる証拠によれば、原判決認定のとおり、被告人が降雨のため路面が湿潤していて滑走し易い状況であり、前方に横断歩道が設置されていることを知つており、対向車のために横断歩道を渡ろうとしていた歩行者を発見しにくい状態であつたから、横断歩道上を横断中の歩行者のあることを慮り、その直前で一時停止しうるよう予め速度を調節して進行し、かつ右横断歩道を横断中の歩行者を認めた場合には、同横断歩道の直前で一時停止し、その通過を待つて進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然従前の時速約四五キロメートル(制限速度時速四〇キロメートル)で進行を続けたばかりでなく、同横断歩道を右から左に向けて小走りで横断していた被害者を右斜め前方約三〇メートルの地点に認めたのに、警音器を鳴らして警告したのみで、その直前に至るまで制動措置もとらずに進行を続けた各過失により、自動車を被害者に衝突させて原判示の傷害を与えたものであることを肯認することができる。従つて、所論が主張するように、被告人車輛が急ブレーキをかけた場合には、被告人車輛は滑走して横転、横向き又は歩道上に乗りあげ或いは対向車線に入り、歩道上の歩行者や対向車に与えるという現在の危険があつたとしても、それは、そもそも、被告人が道路交通法第七〇条に明定されている、道路、交通および被告人車輛等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつたために自ら招いたものと認められる。すなわち、前叙認定の如く、被告人が横断歩道に接近するにあたり、歩道上の歩行者の安全を保護するため、横断歩道直前で一時停止ができるに足りる適当な速度の調整を行なわなかつたがためである。されば、所論その余の点について判断するまでもなく、被告人の原判示所為が緊急避難の要件を備えていないと認めた原判決には、所論の如き事実の誤認ないし法令適用の誤りは存しない。右所論は理由がないことに帰する。

(足立 秋元 丸山)

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